秋田市の百貨店もしくは百貨店だった場所

- 秋田を視て言葉にする

2012年9月23日

2012年10月1日

2012年12月17日

私が秋田から東京などに居たここ10数年の間、秋田駅周辺及び中心市街地の環境は著しく変わりましたね。そこでさまざまな視点かまちをフォーカスして、まちを振り返り、故郷をはなれてそして戻ってきた私自身の解釈で何か発信できたらと思います。

今回は秋田市大町にある秋田ニューシティ跡地について書いてみたいと思います。

この場所は、なさけないことにひさしぶりに近くを通ったら更地だった。という気づきからの発見でした。

現在は竿灯まつりを行う際に、広場として活用しているとか。
おそらく他の行事の際にも使われているのでしょうが、大体近くを通ると街中にだだっ広い空き地があるという状態。その広さからなる空虚感を大きく感じましたね。

調べてかんたんに振り返ってみますと、秋田ニューシティビルは1980年前半にダイエー秋田店と辻兵呉服店を核にしてオープンしました。私個人としてはこのビルはダイエーとして幼いころから親しみがありました。よく行きましたね。それから2000年前半にダイエーの撤退による秋田店の閉鎖。そしてビルのテナントの移転や弊店など入れ替わりを続けながらビル自体の閉鎖、解体へと至りました。

秋田をはじめ地方都市の中心市街地は空き地が多い。そして空き家も増えています。秋田は冬、雪が多い。空き地は雪置き場となり、夏場は一時的なイベントスペース。そして空き家は持ち主はすでに県内にはいない。
など、ここ最近の新聞などでは空き地、空き家に関する条例もつくられる予定だとか。

法の整備も必要ではありますが、
何か提案ありきで法律がつくられるように何かわれわれも考えることができたらなと思っております。
空き地を定期的に何か催しができる動機付けや空き家を違う用途に転用(ギャラリー、オフィスなど)する動機付けなど。
後ろ向きでなく楽しく未来を更新したいですね。

元イトーヨーカドーが入っていました「フォンテAKITA」

こちらは、前回取り上げた「秋田ニューシティー」とは違い、建物自体は現存し、新たにテナントが入っています。

建物の変遷を振り返りますと、1980年にイトーヨーカドーを核として建物がオープン。秋田駅前の顔として存在し続けてました。買い物をし、最上階でごはんを食べたり、学生のときは、「ヨーチカ(ヨーカドーの地下にあるフードコートの略称)」で、部活や試合の帰りなどに、何か友達と食べて帰ったという人も思い出としてあるのではないかと思います。そして、何度か撤退の話が持ち上がりながらも2010年、ついにイトーヨーカドーの撤退に伴って閉店。そして新たに2011年に「フォンテAKITA」としてこの建物がリニューアルオープンしました。

現在ではお店や飲食店のほか、一番上の階では大学のサテライトや学習スペースなどがもうけられています。

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学習スペースなんかは、学生のときこんな場所があったら夏休みとかはここに勉強しにいってたんじゃないかなと考えてしまいます(ちょっと言い過ぎました)。特に電車で通っている学生なんかは、ちょっと寄れるいい場所ですよね。

地下のフードコートは以前よりも範囲や席数は小さくなってさっぱりした印象は受けます。
あの若干薄暗くて悪だくみができそうなごちゃごちゃした雰囲気がちょっと魅力でしたけどね。

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現在秋田駅前は、私が学生だった以前よりも人は少ないです。昔は歩けば誰かしら知り合いに会うくらいでしたが、今ではほとんどそういう場所ではなくなりつつあります。人があまり少なくなったことを逆手にとると住みやすいまちになったかもしれません。

駅前周辺はマンションがいくつか建設され、そこに住む半数以上は50~60代以上のかたが多いと聞きます。これは仕事をリタイアし、年が進むと車の運転もあまりしなくなり、郊外や田舎のほうには住みづらくなって中心市街地にあつまってくるらしいです。おそらくこのパターンの傾向は増えてくることが考えられます。やはりなんだかんだで駅前はいろいろ便利ですからね。そうすると、フォンテにはもっと行政のサービスが入ってもよいかなと思いますね。医療福祉系もあってよいですね。

屋上なんて前はミニ遊園などがありましたが、現在は閉鎖されて屋上には行けません。行けないのはもったいない。単なる公園広場でよいから、ちょっと勉強の休憩に学生が休んだり、お年寄りの屋外の交流場など開放するといろいろ使い方が生まれてくるかもしれません。エレベーターもあることですし。など。

昔はこうだったけれど今はこう使われている。この感覚は私はけっこう好きです。歴史や記憶が積み重ねられて建物やまちがある。そこになにか味わいや深みがでてくるように感じます。

 

秋田の老舗百貨店。木内百貨店

さて、私が秋田にいない間に店舗フロアが1階のみとなってしまってました。

昔の記憶では3階にはレストラン的なものがあって、1階にはフレッシュジュース売り場がありました。今ではジュース売り場もありません。2階には何がありましたかね。たぶん、衣服関係だったと思います。

でもこの木内独特の雰囲気は健在です。なんでしょうこの雰囲気は。これは木内にしか出せない雰囲気だなあと思っています。これが老舗百貨店の歴史からなる存在感なんでしょうか。
でも、フロアを見てまわりましたが、私が買いたいと思うものは正直ながらありませんでした。
ということは、今私が感じている雰囲気と呼んでいるものはもしかしたら単なる懐かしさだけなのかもしれません。

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今木内百貨店は、上で書いたように規模が縮小化されてしまっています。
この流れができたのは、郊外型ショッピングセンターや国道沿いにある大型店舗群が多くできたことからの影響が大きいです。
これらの何が強いかというと、「広い」ということ。広いということはそれだけで価値が生まれるみたいです。駐車も無料となりますしね。

ここ秋田をはじめとした地方都市は、車がないとどうにもなりません。この自動車が社会と大衆に広く普及し、生活必需品化した状況は、かっこいい言い方をすると「モータリゼーション」と言われています。
駐車場が充実していることがここ秋田の地方都市での第一条件となってしまうんですね。

確かに私のうっすらある小さいころの記憶を思いおこすと、これらができる前、駅前はデパート近くに駐車したい車で休日は車でかなり駐車待ちをした記憶があります。

そこで大胆にも木内は駐車場を無料開放を行うというこころみを行いました。売り上げにもそれなりに成果があがったというのも聞いておりますので、無料で駐車ということに市民が価値をおいていることがわかります。

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今回のブログでは、車、そして駐車場というキーワードがあぶりだされました。この位置づけをいろいろ考えることでまちがまた違うかたちの切り口でお話しできそうです。
それはまた今後のブログにご期待ください!

 

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