リノベーションで地域をブランディング

- 設計の仕事

最近、ちょっと用事で大町あたりのビルに行くことがあります。
そのビルはちょっと古くて、昭和のおもかげがただよう場所です。そこを少し出て歩くと、川反地区の飲み屋街に通じます。雑多で、ちょっと元気がないその街並みはなんだかある良くも悪くも風情みたいなものを感じます。

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そんなビルの一室を借りている方とお知り合いになり、余談から利用していている今の場所はどうかという話しを聞きました。私自身の事務所も改修されてきれいになりましたが、もとは古いビルです。お互いどんな環境か興味があったわけです。
「古いからちょっと寒いかな。でも値段にしては広いからいいかな」
「ここいらへんはそんな部屋がごろごろ空いているよ。どう?入らない?」
なんてしまいには入居の勧誘されたりなど(笑)。
確かに、マンションやビルのスペースにとって、「広いのに安い!」という空間は魅力を感じます。既存のビルやマンションの一室を利用するのには、そういう要素が重要なのだなとあらためて思いました。そしてそんな物件は、地方都市でもやはりとても多いのだという現実。

そんな会話のやりとりをしていたとき、私は2つの記憶を思い出しました。それは大学院生時代にニューヨークの古いビルを再生した街をふらふらと好奇心のままに歩き回ったこと。そしてもうひとつは、海外の留学生と東京の中古ビルがひしめく街を歩き回って設計提案を行い、その地域の人たちに発表したことです。

10年くらい前の大学院生時代に、私はニューヨークへ旅行にいきました。
そこで見たニューヨークの都市は、日本のようにバンバン新築を建てる風景ではなく、既存ビルを改修しながら都市を更新していました。今でもその街の姿がとても印象に残っています。
そしてレンガの古いビルの内部には、ギャラリーがつくられ、現代アートが置かれセンスよく改修されている空間は、
今となっては日本にもそういう状況が生まれているので慣れてしまいましたが、当時の私にはとても新鮮な印象を受けました。

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その当時私が歩き回った場所はチェルシー地区というところ。
もともとはこの地区が発祥ではなく、ソーホーという地区からはじまったこの動き。
アーティストたちが集まる場としてはじまったこの場所は、徐々に人が集まってゆきそしてメディアによる影響などから、世界の人たちが知る観光地となりました。アーティスト発で古い空きビルを使いつくし、それを発信することでその周辺の地域が再生されたわけです。今ではその場所は、高級ブランドのお店やレストランが並ぶファッションの街になっていました。
私が旅行した時期はチェルシー地区がソーホー地区から移転し発展していった時期であり、そのあとギャラリー街はマンハッタンを飛び出して、ブルックリン地区という新たな場所へと移動してゆきました。
そこへもいつか訪れてみたいです。

そしてそんな刺激的な体験をした旅のあとすぐに、大学院の課題で、東京の東日本橋地区を再生するための課題を海外の留学生たちと合同で行うこととなりました。東日本橋地区は古くから卸問屋街となっていて、一般の人があまり立ち寄らない場所でありました。

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そこは業者さんのための街であり、その雰囲気は何ともいえない独特なものでした。その問屋街も卸業者さんらが広い倉庫を求めて郊外に移転したり、または建物の老朽化によって街が少しさびしくなってきている現状がありました。
そこで我々日本と海外の学生がタッグを組んで、街に提案をしようじゃないか!
そういうモチベーションのある課題でした。

さて、我々がどんな提案をしたかということこんな感じです。

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(AUSMIPプロジェクト課題 by 100YenshopStudio※課題チーム名)

古い店舗ビルを補強しながら既存の問屋空間の通りを維持し、ビルの空いている空間、やビル上部の空いている空間を有効活用しながらこの街をブランディングしていこうじゃないかと!
それは、問屋というまちのもとからある機能を残しながらまちの新たな機能をドッキングして混在させるものでした。
具体的に新たな場所の機能は、街の寄り合い場所、カフェであったり、近くにある服飾専門学校のスタジオであったりというもの。その場所が街を中心となりながら毎年開催される卒業制作のファッションショーやお祭りを行うための基点となるような提案しました。これによってまちに来た新しい人たちが、今までいた人たちと関係が生まれる場となって、街が活性化するのではないか!
そんな提案を地域の方々に発表しました。
まちの活性に必要な、「よそもの」「ばかもの」「わかもの」。
すべてが備わっていたわれわれチームは、青臭くもありながらこのまちに何かを投げてみたという設計課題でした。

これら一連の体験が今私の設計活動をするひとつの財産になっています!
ありがとうございます!!

さて、秋田→ニューヨーク→東京となかなか話が飛躍したものになってしまいましたが(笑)、、
古い物件を利用することはまちを再構築して、まちをつなげるためのひとつの手法であります。
それはもちろん人があつまって交流する場をつくることである考えます。

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